◆2009年5月15日再審請求に向け、署名活動が始まりました。
こちらから→「再審請求への署名活動」のページへ
カンパをお願いします。
「片岡晴彦さんを支援する会」は再審請求活動のための募金を募っています。
こちら>>カンパのお願い
第3者だからといって証言が信用できるわけではない
無実の片岡さんが収監されて早 日。 日々、高知県警の罪が重なってゆく。
Recommend
あの時、バスは止まっていた  高知「白バイ衝突死」の闇
あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇 (JUGEMレビュー »)
山下 洋平

とうとう本が発売される(09/11/16発売予定)。白バイはどす黒い「黒バイ」だったのでしょうか。そうしたのは高知県警ではなかったのでしょうか。
Category
Links
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
Recent Comment
Search
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>
Archives
New Entries
Recent Trackback
Profile
mobile
qrcode
Sponsored links
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

posted by: スポンサードリンク | - | | - | - |-
真実はどの角度から見てもつじつまが合うが、ウソは見方を変えるとたちまち破たんし、つじつまが合わなくなるということ。
>真実はどの角度から見てもつじつまが合うが、ウソは見方を変えるとたちまち破たんし、つじつまが合わなくなるということ。

高知県警の証拠がまさにそれ。

全文引用させていただきます。

棒に怒る日本人
2010/01/07
いつまで続く検察のサル芝居

人の究極の感情は怒りだろう。うれしい時楽しい時は、感情を抑えたりする余裕があるが怒った時には、自分を取り繕う余裕がなく如実にその人柄が表れるように思う。次が欲求を満たそうとするときだろうか。

あれ、よく考えると順序が逆だな。正確には、自分の感情に支配された時に人柄が表れ、特にその感情のコントロールがもっとも難しいのが怒りであり、その次が欲求。だから嬉しかったり喜んだりというのは、欲求が成就した結果なので余裕があり、感情を抑えることができるのかも知れない。

怒りは抑えることができないから怒りであって、抑えることができるなら怒りとは言わないだろう。次に少し感情をコントロールする余裕が入る余地があるのが欲求だろう。では究極の欲求とは?タブン権力欲だろうが、これは人にもよるので、一般的に分かりやすい欲求は本能に基づくものだろう。そこで三省堂の『新明解国語辞典』で「恋愛」を引くと・・・。

【れんあい【恋愛】
 特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。

と書いてある。まあ、異論はあろうが肉体的な一体感も得たいということで、文字通り一体になってしまうと、双方合意なら良いけれど、一方的にやってしまうと、ちと、具合悪いだろう。このように相手の都合を無視して自分の欲求だけを満たすのを犯罪という。

だがそういう善悪とか法を置いとくと、この気持ちは理解できる。てゆーか少なくとも男子たるもの、好きな女の子がいれば、なんとかものにしたいと思うのが本能だろう。だからとて、無理やりはいけません、ということも分かっている訳で、それが理性であり、ルールというわけだ。

だから、ある人物あるいは人物の集合体である組織の欲求を満たそうとする時、フツーは理性が働き、ルールを守るものだ。T社のセールスマンが、N車を指して、お客さん、あんなヤバイ車乗ってたら命いくらあっても足りませんぜとは言わない。

自己の欲求を満たすために、ルールを破りライバルや邪魔者の足を引っ張るやり方は、身近なところで実際には横行しているかもしれないが、少なくとも公にはやらない(やれない)ものだ。それは世間が見ているからだ。

ところが、ここのところの検察の動きには、法の番人でありながらそうした配慮が全く感じられない。もうなりふり構わず、傍若無人な印象を与えるものだ。一連の鳩山・小沢陣営に対する嫌がらせにしか見えない捜査や、高知白バイ事件をはじめとする冤罪疑惑が、そのよい例だ。

それともう一つ言いたい。それは、拙ブログ草創期から言ってることだが、真実はどの角度から見てもつじつまが合うが、ウソは見方を変えるとたちまち破たんし、つじつまが合わなくなるということ。


そういう目で見ると、ここのところの検察の行動は全くつじつまが合わない。

先ず、西松から行こうか。そもそもが、西松建設の海外裏金捜査から始まったはずなんだが、これがいつの間にか、企業の偽装献金疑惑に変わり、天の声の口利きに変わり、最後は重箱の隅みたいな収支報告書の記載ミス疑惑となった。

そして常に、リーク報道があり、偽装献金の証拠があるとか、やれ請求書があるとか何とかもっともらしい報道がされたが、全部ウソッパチだった。いかにも悪事を働いているかの様な噂を流すが、いずれも最後はウソッパチとわかり、検察は赤恥をかいて尻切れトンボ。無理やり秘書を逮捕監禁した揚句、支報告書の記載ミスをついて起訴だ。

それって、単なる手続きミスじゃん。ショボすぎまっせ。だがアタマの悪い人は単語に反応し、最後まで確認しようとはしないから、何か裏金をもらってたんじゃないかと信じてしまう。

要はそこが問題なのだ。検察がなぜこうも民主党頂上を狙うのか、常に捜査の目的が揺れ動いているから何を嫌疑としているのか分からないが、その行動原理は何としても民主党をつぶしたいとの欲求だけは伝わってくる。

そしてその欲求を満たそうとする時の行動に、その人となり組織なりの体質が如実に表れてくる。検察は、責任をもたないリークという、かくも卑劣なやり方で、狙った相手の社会的信用を傷付け、風評を流し、それが後で全くウソとバレても、一切知らんぷりだ。

法の番人であるはずの検察が、法の外でターゲットを社会的に抹殺してしまう。ヤクザよりも卑劣で、目的のためなら手段を選ばないとの印象が強い。何度も繰り返すが、もしも小沢・鳩山両氏が極悪人で、なかなか尻尾がつかめないならば、その具体的な疑いをリークすればよいではないか。どうせリークには責任を持たないのだから。

出てくるリークは相変わらず印象操作の類ばかりだ。少しモノを考える力がある人間ならば、検察ははじめから何の容疑も持ってなくて、叩いてホコリを出そうと、あの手この手で嫌がらせをしていると思うはずだ。

足利事件など過去の多くの冤罪事件を見ても、自白偏重の司法風土を利用し、自白をでっち上げた冤罪が問題と指摘されているように、検察がその気になったらなんとでもできる。だから場当たり的にころころ容疑を変えると考えれば辻褄が合う。

つまり検察は容疑があって、逮捕したり事情聴取するのではなく、逮捕や事情聴取してから罪をでっち上げていると考えた方が、少なくとも一連の小沢・鳩山捜査では辻褄が合う。

今回の、小沢サイドの不動産購入問題を、同じように検証してみよう。というか、3月31日が時効というのだから、検証も何もすぐに答えが出る話のはずだ。だって、この「事件」は04年10月の不動産購入の話であり、すでに過去においてマスコミも取り上げ、問題となった事件だからだ。

もし本当に何らかの違法性の嫌疑があるならば、時効が迫り、それも国会が間もなく始まろうと言う時に本人の事情聴取をするというのだ。それ相当の具体的嫌疑があるということでなければおかしいから、当然に時効前に起訴しなければオカシイ。

では、逆にこれがでっち上げで、目的は犯罪の摘発ではなくターゲットに風評被害を与える事だと考えるとどうなるだろうか。相手が与党の幹事長となればでっち上げ起訴ではいくらなんでも公判を維持できまい。だから最初から小沢氏の起訴は無いとリークし逃げを打つ。その上で、秘書の起訴や小沢氏本人への事情聴取を匂わせ、「悪事」のイメージを盛り上げる。と、こう言う想定が成り立つ。

さて、どっちの想定が正しいだろうか。ウソはある仮定でしか成り立たないが、真実はどの角度から見ても成り立つ.。では再び、見る角度を変えてみよう。今度は時間だ。

検察は、確たる嫌疑を持っているならば、なぜ今?なのかだ。事件は04年だし、すでに3年前にマスコミでも騒がれていた。今調べている事情聴取は、取り締まりが目的ならば今である必要性は無い。というかもし本当に違法性があるならば、証拠隠滅や、口裏合わせを防ぐためにできるだけ早い時期に事情聴取し捜査するのが本当だろう。とすると、時効まじかに迫った今の事情聴取は、はなから立件が目的ではないと見るべきだろう。

それと、各紙が流している事件の概要も、例によって一体何が問題なのか分かりにくい。分かるのは収支報告書に土地取引が記載されていなかったのがケシカランという話であり、4億円の資金出所云々は、借入時期と入金時期が合わないとか何とか、いかにも問題がありそうな報道だ。

だが、事実だけを見れば、そんなもん、この超低金利で預金補償が無い時代だから、タンス預金と言われれば何の問題も無い。愚にもつかないことをさも意味ありげに報道するマスゴミはアホかと思うし、訳も分からず問題だと騒ぐ人もアホかいなと思う。

ほかにもいくらでも突っ込みどころがあるが、検察の行動は、犯罪を疑っていて摘発するというより、犯罪が無いことを知っているので摘発するフリだけして、いかにも犯罪があったかのように印象づけることに躍起となっていると考えた方が辻褄が合う。

検察は犯罪が無いことを知っていると考えれば、事情聴取することで犯罪があったかのように印象づけられるが、立件はできないので、時効まじかで、かつ国会会期中に捜査を行うことで、いかにも時効と、不逮捕特権の壁によって立件できないかの様な雰囲気を創るだろう。

しかしまあ、これも、なにしろ時効が3月31日だから、いずれすぐに答えは分かる。例によって収支報告書虚偽記載とやらで、秘書の在宅とか略式起訴でお茶を濁すのが席の山だろう。その上で、時効やら不逮捕特権云々なんてリークが流されたなら、チョー笑える猿芝居だ。。

それにしても西松建設のウラ献金問題はどうなっちゃたんですかねえ。もう皆さん忘れてるのかもしれないが、検察はこの問題で昨年の3月から、西松への請求書があるとかウソ八百のリークをやってたが、結局事情聴取も起訴もできなかった。

西松から献金を受けた19人の国会議員のうち、調べられたのは小沢サイドだけ、だから皮肉なことに、19人のうちシロと証明されたのは小沢氏だけだ(後日つじつま合わせに二階側も捜査対象になったが)。

で、今回は不動産か。嫌疑不十分で不起訴みたいな印象操作で終わる様子が目に浮かぶが、一体いつまで、こんなことが続くのだろうか。記者クラブという談合組織に胡坐をかく文字メディアは相変わらずだが、さすがに視聴者に敏感なTVは少し、反応が変わってきたように思う。

大谷氏は、昨日のTVで、堂々と検察批判をしていたし、今朝のフジTVでも(小沢氏不動産に関する)報道の何を信じてよいか分からないと述べていた。いい加減国民は気付き始めていることを、少なくともTVは感じているようだ。
posted by: enzaix | - | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |-
スポンサーサイト
posted by: スポンサードリンク | - | 00:00 | - | - |-









この記事のトラックバックURL
http://enzaix.jugem.jp/trackback/1667
トラックバック